はせろぐ

コンサルタントの余暇を綴るログ

【英国一家、ますます日本を食べる】伝統的産業における若き担い手の話:醤油かめびし屋

なんどか読書録で『英国一家、日本を食べる』を取り上げていたと思う。実は、日本語版ではもう一冊『英国一家、ますます日本を食べる』という本が出版されている。英語版では一冊の本だったんだけど、紙面の関係上、いくつかのエピソードが削られて『英国一家、日本を食べる』が出版されたのだ。穿った見方かもしれないけど、一冊目が結構売れたもんで、一冊目には収録されていなかった残されたエピソードについても『英国一家、ますます日本を食べる』として出版されたのだろう。

www.amazon.co.jp

 

醤油屋の話が面白い

この本の中で世界一の醤油と言われて紹介されている、かめびし屋の話が面白い。

若き跡取りが、伝統を覆し、新しいことに挑戦し、窮乏化していた事業を立て直す話は、秋田のいくつかの酒蔵(新政や山本)の話と相通ずる所がある。

 

四国へ来たのは、世界一の醤油を味わうためだ。シングルエステートの、しかもドプレスのエキストラバージンオイルや、モデナ産の50年物のバルサミコ酢に匹敵する醤油で、かつての侍の一族が伝統的な製法を守りながら作っている、本物のグルメ志向の逸品だ。

 

かめびし屋、何が普通の醤油、例えばキッコーマンの醤油と違うのだろうと思ったが、製法が独特の様だ。

 

かめびし屋は日本で唯一、「むしろ麹法」という伝統製法を守って醤油を製造している会社だ。「むしろ麹法」では、竹を編んだ簾の上に敷いたむしろに大豆を広げて発酵させ、もろみを作る。できたもろみは、蔵の樽で少なくとも2年半かけて熟成させる。

 

この「むしろ麹法」がどうやらこのブランドの特徴であり、売りの様だが、この本の中では、そこまで触れられていない。これについては、今度、検索をかけて追加で書いてみたい。

 

若き当主の発想力

面白かったのは、やはり現当主の話だろうか。現当主の岡田佳苗さんは、東京の旅行会社で働いたのち、家業を継ぐために戻って来たそうだ。こうした伝統産業ではよくあることだが、日本初の女性の醤油蔵経営者ならしい。

 

彼女が事業を継いだとき、 破産の瀬戸際と言われるほど経営状態はよくなかったみたいだ。「むしろ麹法」は古くからあった製法だろうから、単にこれがあっただけでは競争力がなかったのかもしれない。単に経営管理がまずかった可能性もある。

窮乏化の原因はさだかではないが、伝統的に受け継がれてきた「むしろ麹法」は活かしつつ、新しい製品をたくさん生み出して経営を建て直したのは事実のようだ。

 

佳苗さんは、家業の文化的、産業的重要性を認識し、破産の瀬戸際にあった会社を救う決意をした。そして、みごとな経営手腕を発揮し、伝統製法を尊重したうえで、フリーズドライの「ソイソルト」や長期醸造醤油 - 今のところは27年もの - など、すばらしい新商品を開発し、会社を立て直したのだ。

 

新商品の投入を(国内or海外)×(プロ向けor家庭向け)の切り分けの中で、多くのプレイヤーがひしめき合っている【国内×(プロ向けor家庭向け)】でもなかれば、キッコーマンなどのパワープレーヤーが既にシェアを取りに行っている【海外×家庭向け】でもないセグメント、つまり【海外×プロ向け】に目を付けたのは面白い*1

 

「フランス料理やイタリア料理のシェフ向けに、ソイソルトを作り始めました。醤油そのものでは色がつきますから、フレンチやイタリアンでは使ってもらえません。今では、多くのイタリア料理店でソイソルトを使って頂けるようになりました。うま味がたくさん詰まっています。天然のMSGだと思っていただければいいです。

パスカル・バルボ(パリの三ツ星レストラン「明日アストランス」のオーナーシェフ)もアラン・デュカス(異なる国で三ツ星を獲得したフランス生まれ、モナコ国籍のシェフ)も、ソイソルトを使う殊に大変興味をお持ちです。」

 

加えて、既にある『醤油』という製品では、『色がついているから使ってもらえない』という制約を理解した上で、直接醤油では戦わず、持っている強みをソイソルトの開発に振り分けて攻略している点が、示唆深い。成熟マーケットのただ中にあり、既存の経営資源を元に、どうにか新たな収益源を得なくてはいけない企業にとっては、特にね。

 

こうして考えると伝統的な産業の中には、まだまだ、経営を洗練することで素晴らしい製品を作り出し得る素地が残されているのではないかと感じる。 

かめびし屋 公式ホームページ 日本で唯一のむしろ麹製法による長期熟成こだわり醤油をお届けします。

*1:キッコーマンは既に【海外×プロ向け】でも小さい市場ながら圧倒的シェアを得ているかもしれない。手元にデータがないので想像。